「NU-EMI体験談」理学部物理学科 4年 志村昂輝さん

みなさま、こんにちは。8月も後半に入りましたが、雨の多い夏休みはいかがお過ごしでしょうか。

今日はRichard先生のSpecial Mathの受講生、理学部物理学科4年の志村昂輝さんから体験談が届きましたので、ご紹介いたします。Special Mathの体験談は皆さん、当然かもしれませんが、違う思いや考え、体験を書いてくださってたいへん興味深いです。

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私は今学期、NU-EMIプロジェクトの一環で、チューターのサポートを受けながらSerge Richard先生のSpecial Mathematical Lecture(確率論)に参加しました。NU-EMIでの活動を中心に体験談を書きますが、これまでの留学生や海外出身の方との交流も少し交えて述べようと思います。

・履修のきっかけ

 1年次に群論への興味からSpecial Mathematical Lectureに参加しました。SMLに関してはhttp://labguide.bio.nagoya-u.ac.jp/NUEMI/information/1260.htmlが詳しいです。当時こそついていくのに精一杯でしたが、講義中も先生に積極的に質問したり、逆に先生からの質問に明瞭に答えたりする学生たちの姿に刺激を受けていました。次の参加は2年次の秋学期で、関数解析序論の履修に挑みました。NU-EMIの活動を知ったのはちょうどこの時期です。講義に加えstudy sessionにも参加しました。G30の上級生のサポートのもとでSMLの講義内容に関する議論が出来るのですが、もはや1年次の受動的なスタイルでは通用せず、英語で自分の意見を伝えたり議論したりする活動になかなか手応えがつかめないままコロナ禍に突入してしまいました。

・履修のきっかけⅡ

NU-EMIの活動ではないのですが、3年終わりの春休みに、留学生でベトナム出身のD君を交えて学科同期数人と流体力学の勉強会を行いました。原則英語で議論することになっており、2年次のstudy sessionで訓練を積んでいたとはいえ3年次にはG30の講義の履修から退いていたため、1年のブランクが大きく立ちはだかりました。

流体力学の勉強会にて 

勉強会は予定の箇所まで無事到達したのですが、専門学習を英語で行うことの難しさを反省することが多かったです。数式という世界共通の言語を用いながら、議論が深まると意思疎通の問題に堕してしまい、なかなか抜け出せない。ここで更なる訓練の必要性を感じたのも、4年次でのSML履修のきっかけの一つだったかもしれません。

若干の光明もありました。春休みに何をしたとか、部活がどうとか、雑談程度の会話なら英語で出来るようになっており、タジキスタン出身であるメンバーの一人とD君が、「昔はベトナムの知識人がソ連に渡るなどの交流があった」等の会話をしているのを傍で聞き、多少英語に対する慣れが芽生えているのにも気が付きました。そういう進歩に対する自覚が糧になって、行動に繋がることもあります。

 なお、D君とはSMLの教室で再び会いました。今でも会うと時折軽く会話する仲です。

・今季の活動

SML6限の開講なのですが、その直前の90分ほどを使ってチューターと11の学習をしていました。講義で紹介されている参考書の演習問題を解いたり、あるいは雑談に興じたりしていました。初回の講義終わりにD君と会った時、彼は”Chill, chill!” と言って私を励ましてくれました。チューターとD君も親しいようで、少し人間関係の輪が広がったような気がしました。

学習内容に関して議論するのは非常に貴重で良い訓練になります。私の場合、流石に会話するだけですぐに専門的な英単語を一つ一つマスターし、更に自分の考えを論理的に組み立てて相手に伝えられるようになるのは難しく、講義の後に復習したり、内容をレポートにまとめたりすることでゆっくり向上していったように思います。講義の中盤位からは、チューターと議論しながら作成したレポートを共同で提出したりしました。問題が難しいと行き詰まることもあったのですが、そんな我々の試行錯誤を先生は温かい目で見守ってくださいました。

思うに、思考能力は言語能力とかなり強く結びついています。ある確率の問題に対して私が唸っていた時、チューターが数学的帰納法で解くようアドバイスをくれました。問題は解けたのですが、後からそれが単純な確率漸化式(Recursive Methods)の問題であることに気が付き、チューターに伝えたことがありました。Recursive Methodsという単語を知らない場合と知っている場合とでは、閃くスピードにも差が生じるのかもしれない。英語で複雑な思考をするのにはある程度の練習が必要で、この時も専門的な側面から英語力を強化しておくべきだと反省しました。これは半年の訓練で幾らか改善されています。

数学以外の話もしました。私が有名な温泉地の出身であることを話すと、ベトナムにも温泉はあるが人工のものが多いので羨ましい、と言っていました。逆に私がベトナムの観光について尋ねると、優しさに起因しているでしょうが、彼はホーチミンを挙げました。首都はハノイでも、ベトナム最大の都市はホーチミンらしい。ちょうど静岡市と浜松市のようなものです。ベトナム遊覧の機会があればハノイとホーチミンに同時に行ってみようかと言うと、少し遠いという事であまりお勧めはされませんでした。地図を見てみると、少しどころではない、日本列島の半分かそれ以上の距離があります。

ベトナムではかつて長く忌まわしい戦争があり、その流れで社会主義体制にあることも聞きました。最近は中国もベトナムも社会主義の背後に市場経済を掲げており、発展も著しいようです。私は純粋な共産主義がどういうものなのかも興味ありますし、出来ることなら北朝鮮を見学してみたいことを告げると、教室が静まり返りました。ええ、私は国際社会のデリケートな部分についても慎重に学ぶべきなのです。まあ社会主義にせよ資本主義にせよ、人間は本当に科学一本で救われるのか、そういう愚にもつかぬ疑問をこねくり回すときが結構あるのですが、これ以上は別の話になってしまいます。

・視野を広げる ~海外の人と歩んで得たもの~

数回SMLに顔を出しましたが、たくさんの利点がありました。ありきたりなところから言いますが、洋書や英語での議論に対する耐性は、恐らく大学院で本格的に研究を始める前に身に着けておかなければならないようです。研究の世界での公用語は英語です。4年になってようやく、自分が意図せず重ねてきた準備がどれほど大切だったかを痛感しています。

それから、サークルや学部でありがちですが、日本人のコミュニティだけで周囲を固めた結果失われる機会を思い私は戦慄することがあります。いろいろな国出身の人と話して思うことは、やはり世界の見方が少しずつ違うという事です。日本人が当たり前としていることに対しても客観的な意見をくれることもあります。勿論言語の垣根が簡単に取り払えれば苦労はないのですが、その差異を把握してどのように交流したり、生活したりするかを学ぶことが大事なのでしょう。そうして自己反省的になる瞬間が、どれほど尊いものか。

余談になりますが、日本国内で難しく映る計画が、舞台を移すと見通しが良くなることもあります。例えば、日本でそこまで有名ではないЛандауは旧ソ連地域だとずっと広く知られており、その土地に所縁ある人と話がしやすくなります。実際、とあるロシア人の教授に邦訳が絶版になってしまったКурс теоретической физикиの内の一冊、《квантовая механика》なる本がロシア国内にないか相談し、有益な情報を頂いたことがあるのですが、彼は文学部の教員でした。

・終わりに                                                                                        

英語と日本語の両刀で専門性を深め、世界に羽ばたいていく先輩を何人か見ていますが、彼らは自分の使命が何か把握する能力に長けているように思えます。G30の受講もその延長で、設定した具体的な目標に向け着実な履修をしています。学部生の中でこれから講義を受けようと思う人がいれば、最初はお試しで受けてみるのも良いかもしれませんが、もし海外大学院進学や留学を本気で考えているなら、自分の所属学科や専門に合わせたG30の講義を履修するべきです。もっとも私に関して言えば、単純にRichard先生の講義スタイルのいわばファンであったことが大きく、気楽に受講できる側面を意識していたのでそういうことはしなかったのですが。

しかし本当の意味で外国語を身に着けるためには、ある程度外国語による教育を受けなければならない、そう私は考えるようになりました。自信が無くなったわけではありませんが、言語の壁の向こうでは講義に主体的に参加し学んでいく留学生の姿があり、ここで数年分の差がついていることを知り衝撃を受けました。この大学で学んでいる日本人学生の多くは何かしら自分の強みを得て、それを武器に社会で戦っていくのに、使える英語が日常会話程度では活動範囲が狭くなってしまうでしょう。英語で直接専門教育が受けられる恩恵は計り知れません。それを留学に繋げるのも良いし、海外大学院に進学するのも良い。私とて、今は時勢が許してくれませんが、大学院以降の生活でこの経験を生かせないか様々に模索しています。

もともと住んでいる世界が違う人々と交流することの意義を時折考えます。中国やベトナム、西欧の国々もそうですが、海外留学生の才能や積極性には大いに目を見張るものがあり、将来何かを創造していく強い意志を感じました。我々も負けてはいられません。福澤諭吉の「独立の気力なき者は、国を思うこと深切ならず」「内に居て独立の地位を得ざる者は、外に在って外国人に接する時もまた独立の権義を伸ぶること能わず」の言は百年以上の時を経てなお一層の現実味を帯びています。独立の意味として、詮ずる所、良い交流と主体的実践が求められているわけです。NU-EMIプロジェクトは、私のそうしたささやかな試みを歓迎してくれました。本当に感謝しています。

講義も終盤を迎えていたある日、Richard先生が私とチューターに”Congratulation”と声を掛けました。私は海外留学したわけでもないですし、思えば不器用な受講が続いたものです。1年次は群論の難しさに圧倒され、2年次は英語でのコミュニケーションに苦しみ、いざ3年になればコロナ禍に邪魔をされてしまいました。その果てに頂いた”Congratulation”の意味を、私は何度も噛み締めています。

 

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志村さん、思いがつまった、Special Mathの大学生活の体験談ありがとうございました。色々な国からの留学生との交流も貴重な経験ですね。また、途中のロシア語、何でしょう?って思ったのですが、wikipediaに載っていました。英語だけではなく、ロシア語も読めるのですね!Special MathのサポートはNU-EMIが継続する限り、続けていきます。引き続き活用していただけたら幸いです。

*NU-EMIでは、みなさまの体験談をいつも募集しております。G30講義を受けた経験をシェアしてくださいね。お待ちしております。(JH)